悪い夢

夢はいつも安らかなものとは限りません。
試験の問題が解けなかったり、飛行機に乗り遅れたり、
彼女に振られたりで、過去の体験が失敗となって出てきます。
理由のない怖い夢も度々あります。
お化けに追いかけられた、えたいの知れない怪獣と格闘したなどです。

これらは視覚皮質がつくり出す幻影なのですが、
あまりに怖くて足がすくんで逃げられなくなったり、腰が抜けそうになったりします。

このとき体中の多くの筋肉が緩んでいるので、
実際にはベッドから逃げることはできません。
うなされることも度々です。目覚めてから、
「ああ、夢でよかった」と思う人も多くいるでしょう。
お化けにたたられて、本当に悪霊が存在すると思い込んでしまう人も多くいます。

 

心配性な人ほど

 

こういう夢をみる人は、
物事を悲観的にみたりする心配性な人が多いのです。
視覚皮質がつくり出す幻影に、
「失敗したらどうしよう」という不安が結び付いています。

不安を作り出すニューロンは脳の奥底にあって、
アーモンドのかたちをしているへんとう体にあります。
もともと、動物が敵に襲われないように警戒信号を出しているニューロンです。
ヘビをみただけで「怖い」と感じさせてくれます。
おかげで、ヘビに近づいたり、触ったりすることがないので、
人間は生存してこられたのです。

このときノルアドレナリンなどの物質が交感神経系の活動を高めることで興奮し、
ヘビからすぐに逃げ出すことができるのです。

あまりに怖いと、眠れなくなります。
これはへんとう体の活動が高まっているのと、
交感神経系の活動が活発になって興奮するからです。
死ぬか、生きるかの体験、交通事故、戦争、レイプなどの
極限の恐怖を味わったあとに残る心の傷を「心的外傷後ストレス症候群(PTSD)」といいます。
PTSDの患者さんは、フラッシュ・バックといって眼前に当時の幻影が思い出されておびえています。
これは恐怖の記憶がへんとう体にしまわれていて、
それが自分の意志にかかわらず現れてくるからです。

 

訓練で悪夢解消

 

PTSDの患者さんはなかなか眠れません。
うまく寝ついたとしても悪夢をよく見ます。

実は脳幹にあるレム睡眠発生装置が働き始めると、
へんとう体の活動が異常に高まってきて過去の恐怖体験が現われます。
この恐怖体験の出現を抑える力が前頭葉にないので、悪夢は進行し続けるのです。

PTSDの治療の一つとして、
似たような映像や音声を見たり聞いたりしながら
「過去の恐怖体験は現在、ただの幻影で危険なものではない」
と納得していく「認知行動療法」があります。
この治療で少しずつPTSDから解放されるようになります。

また、悪夢から脱出するにはレム睡眠中のへんとう体の異常活動を前頭葉で抑える、
つまり、「いま自分が見ているものはただの幻にすぎない」と考えることができるように訓練することです。

100年ほど前に、サン・ドニという侯爵は、
昼間に見た教会の壁に飾られていた怪獣に夢で追いかけられたことがあります。
逃げても逃げても逃げ切れません。

そこで、あるとき、
「これは夢の幻影なのだ」と悟ると、
怪獣は消えてしまった、ということです。
侯爵のみた夢を「明晰夢」と言います。
朝方、眠りが浅くなって、脳が活動を始める頃に、
明晰夢があらわれやすいので、訓練してみるのもよいでしょう。

今回は、友人でフランス・リヨン在住の北浜邦夫先生の寄稿です。

 

「出典:宮崎総一郎 『全国商工新聞 』2013年1月7日」


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