アルゼンチンにあるルハン動物園は、とても人気があります。
というのは、この動物園では観光客がトラのおりに入って、
直接トラの体に触れることができるからです。
なぜそんな危ないことができるのでしょうか。
人は昼に活動して、夜に眠ります。
しかし夜行性のトラは昼間は眠っているのです。
小さいころから人間に育てられているので、慣れてれていることもありますが、
眠いときに触られているので、あまり気にならないと考えられます。
眠りのホルモン「メラトニン」は夜になって光がなくなると脳の中心部にある松果体
という器官で作られます。
メラトニンは「夜になったので、眠る時間ですよ」というシグナルを体の各所に伝えて、
人を眠りに誘います。
逆に、明るくなるとメラトニン分泌が低下し「朝になったので起きる時間ですよ」
との信号になります。
このメラトニンの作用は人間にとっては眠りの信号ですが、
夜行性のトラにとっては、猟をする信号として働きます。
メラトニンは必ずしも眠りのホルモンではないのです。
太陽光に依存し
またメラトニンは、日照時間に応じて分泌量が変わりますから、
季節を知らせるシグナルの働きもあります。
地球上の生き物は、すべて太陽光のエネルギーに依存しており、
地球の自転(昼と夜)と公転(春、夏、秋、冬)にうまく順応して生きています。
樹々は、夏には太陽光を受けて光合成を行い成長します。
秋には葉を落として冬の寒さに備えます。
すべての生き物はメラトニンを利用して、
昼夜を区別し、四季を感じて生命活動をしています。
実は、この眠りのホルモン「メラトニン」は私たちの
恋愛時期とも関係があるのです。
生物にとって大事なことは種の維持であり、繁殖行動です。
メラトニンは、生物の成熟時期や繁殖期を決定する作用もあるのです。
連載の第18回でl度お話しましたが、説まれていない方のために、
再度と紹介します。
イヌイットの女性は昔、冬になると生理がなくなることが知られていました。
冬には日照時間が極端に短くなり、メラトニンが多く分泌されると、
その作用で性腺が抑制されていたのです。
これは、極寒の地に暮らす生き物の適応と考えられます。
もし冬に妊娠して、子どもが秋に生まれるとどうなるでしょうか。
半年を暗い中で暮らすイヌイットにとって、
冬に食料を調達し乳児を育てるのは非常に困難です。
早生まれであれば、太陽の恵みのある季節で、子供を育てやすい環境です。
逆に言うと、日が長くなる春から夏にはメラトニンの分泌が抑制されて、
性腺が刺激されて妊娠する可能性が高くなります。
しかし、1980年以降は極寒の地にもエネルギー(人工光)がもたらされました。
そのため、本来の生物リズムが乱され、誕生月の出生数に差がなくなったのではと推察されます。
恋の歌を見ると
恋と季節の関係を、流行歌から推測してみます。
春には日照時聞が長くなってメラトニン分泌が少なくなり、性腺抑制作用が弱まり、
新しい出会いを求めて、恋が始ります。(歌でいえば、キャンディーズの「春一番」)。
夏に向かうとさらに日照時間が長くなり、メラトニン分必がさら低下し、
性腺が刺激され恋する気持ちが強くなります(山口百恵の「ひと夏の経験」)。
しかし、秋になって日照りが短くなるとメラトニンが再び多く分泌され、
その性腺仰制作用で、自然に別れがくる(イブ・モンタンの「枯葉」)ようになります。
このように、私たちや動物の性行動は、メラトニンに影響を受けているのです。
「出典:宮崎総一郎 『全国商工新聞 』2013年3月4日」