六十歳の男性、佐藤次郎さん(仮名)のお話である。
四年前に娘さんが嫁いだころから、
睡眠中に立ち上がる、
大声を出すなどの奇行が現れるようになった。
最初は年一回程度だったが、
一年前に同僚が辞めてから仕事のストレスも影響したのか、
月三回程度になった。
寝ている最中に布団の上で泳ぐしぐさをしたり、
頭を家具に打ちつけるといった行動が見られた。
ある時などは窓ガラスを割って出血し大騒ぎになった。
奥さんに起こされるとわれに返り、
夢を見ていたことを自覚していた。
別の七十歳の女性は睡眠中に急にパタパタと足を動かし、
その後、「わー」と喜びの声を上げた。
驚いた娘さんが呼び起こしてみると
「夢の中でバスケットボールをしていて、
うまくシュートが入って喜んでいたところだったのよ」
とのことであった。
睡眠の病気は現在百七つが知られているが、
このお二人は「レム睡眠行動障害」である。
夢を見ているとき、
脳は部分的に活発に活動しているが、
体が動かないように筋肉が緩み、
夢の中と同じ行動が取れないように制御している。
しかし、高齢者やパーキンソン病など神経系の病気を抱えている場合などは
何かの拍手に筋肉を動かすスイッチが入り、
夢の内容に沿って体が動いてしまう。
この病気は大人になってから発症し、
患者さんの大半は六十歳以上の男性である。
高齢者の約0.5%で起きると報告されている。
夢の中と同じ行動を取るので、
クマと闘っているつもりで隣に寝ている奥さんに暴力を振るってしまった例もある。
前述の女性のように楽しい夢だといいのだが、
普通は怖い夢を見て動いてしまうことが多い。
寝言から始まり、
そのうち手が動くようになり、
起き上がって暴れるようになる。
体を揺すったり、大きな声で起こすと目を覚まして、
そうした行動をやめる。
対処法としては転落防止のためベッドを布団に替える、
寝床の周囲に家具を置かないなど、
寝室の安全を確保するとともに、
有効な治療薬があるので、
ぜひ睡眠外来や神経内料に相談してみてはいかがだろうか。
レム睡眠行動障害はパーキンソン病など神経系の病気の前駆症状として起こることが多く、
専門医への受診が大切である。
出典:宮崎総一郎 「眠りの不思議10」 『秋田魁新報』 2009年4月6日