季節と睡眠

春、夏、秋、冬、四季の変化に私たちの睡眠は影響をうけます。
春先には多くの方が、眠気を強く感じます。
この眠気は、お隣の韓国では「春困病」、ヨーロッパでは「春の眠気」と呼ばれています。
また、夏には眠れなくて睡眠不足気味になりますが、
秋には気候も良くなり、長めに眠れるようになります。
冬は、寒さのために眠りが浅く、何度も目を覚まします。
実際、私たちの睡眠時間は7~8月に短く、11~12月に長くなります。

春は眠い季節だという感覚が、多くの日本人に共通しています。
春の朝はすっきり起きられませんが、なぜでしょう。
夏目漱石も「春は眠くなる。猫は鼠を捕る事を忘れ、人間は借金のある事を忘れる」
と「草枕」のなかで述べています。

 

有名な漢詩では

 

『春眠暁を覚えず 処処啼鳥を聞く 夜来風雨の声  花落つること知る多少(春暁 孟浩然)』

「暁を覚えず」を「春の朝は心地よく眠ってしまい、夜が明けたのも気づかない」
との訳が一般的でしょうが、睡眠学から見ると、
この詩の訳は次のようになるでしょうか。

春の朝、いつ夜が明けたのか気がつかず眠り込んでいた(二度寝をしていた)。
目を覚ますとすでにあちこちで、鳥が啼いている。
昨夜は雨まじりの風が強く、そのために良く眠れなかった(不眠)。
せっかく咲いた花がどれくらい散ってしまっただろうか。

春は生物にとって活動が盛んになる時期。
年度替わりの行事等で多忙になるため睡眠時間が不足し、
寝起きの悪さや昼間の耐えがたい眠気の原因となることが考えられます。
さらに、眠りを誘うホルモン「メラトニン」が大きく関係します。
このメラトニンは暗くなると脳内で分泌され、眠りを誘います。
逆に、明るくなると低下して目を覚まします。
春は朝早くから明るくなるので、メラトニンが冬に比べて早く低下するため、
ゆっくり眠れなくなり睡眠不足となってしまうと考えられます。

実は、このメラトニンは私たちの誕生月にも影響します。
生物はメラトニンの作用で昼夜を区別し、
四季を感じ、成熟時期、繁殖期を決定しているのです。
1979年以前のエスキモーの誕生数の年内変動記録をみると、
子供の誕生月は3月をピークに早生まれが多く、
7月からは明らかに出生数が減少していました。
しかし、1980年以降は年間を通じて出生数に変化は見られなくなっていました。
これはなぜでしょうか。
地球上の生物は、原則として太陽光のエネルギーに依存しており、
地球の自転(昼と夜)、公転(四季)に合わせて適応していくことが重要です。

 

出生にも影響し

 

昔エスキモーの女性は、冬になると生理がなくなることが知られていました。
冬には日照時間が極端に短くなり、
メラトニンが多く分泌されるために、性腺刺激抑制が起こるのです。
これは、極寒の地に暮らす生物の適応と考えられます。
もし冬に妊娠して、子供が秋に生まれたとしたらどうなるでしょうか。
半年を暗い中で暮らすエスキモーにとって、
冬に食料を調達し乳児を育てるのは非常に困難です。
早生まれであれば、太陽の恵みのある季節で、子供を育てやすい環境となると考えられます。
逆に言うと、日の長い夏にはメラトニンの分泌が抑制されて、
性腺が刺激されて妊娠する可能性が高くなり、結果として早生まれが多くなったのでしょう。

しかし、1980年以降は極寒の地にもエネルギー(人工光)がもたらされました。
そのため、本来の生物リズムが乱され、
誕生月の出生数に差がなくなったのではないかと推察されます。
文明の象徴である人工光によって、ヒトは24時間活動できるようになりましたが、
知らないうちにその影響を受けています。
現代は3人に1人が眠れないほど睡眠障害が増加していますが、
本来の生物としての立場から睡眠を考えてみてはいかがでしょうか。

 

「出典:宮崎総一郎 『全国商工新聞 』2012年10月8日」


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