情報化時代への適応が課題

睡眠について、もっぱら生物学的、あるいは医学的側面から見てきました。
しかし、ほかの動物と異なり人類には文化や文明があり、
眠り方も社会からの影響を強く受けます。

文化の影響として時計があります。
江戸時代までは一日を日の出と日の入りで大きく昼と夜に分け、
昼と夜をそれぞれ六等分にした時間を「一刻」としました。
日の出入りは季節や地域によって異なり一刻の長さも変化し、
睡眠も自然にその地域の時刻に合わせてとっていました。

工業化社会に向かう中、中央集権体制の確立や生産性向上のため、
時間管理と時間規律が必要となり、
明治六年に「分」の単位が制定され、
一時間は六十分という全国共通の定時制が確立しました。

以後、早寝・早起きが推奨され、正確な時間管理のもと、
睡眠時間も管理され、大量生産や高度経済成長を達成しました。

七〇年代からはITの出現で情報化社会となり、
同一時刻に同じ場所に集まって仕事をする必要が減少してきました。
そのため、いつ寝て、いつ起きるかが
個人の裁量に委ねられる傾向になりつつあります。
個人の自由な時間管理は好ましい半面、
自律的な管理に失敗すると睡眠障害の原因にもなります。

睡眠の仕方も今と昔とでは変化を遂げました。
以前は狭い部屋で家族がそろって川の字になって寝るのが普通でした。
家族は親密な関係であり、いびきや生活雑音も人の気配であり、
ある意味では安心感を与えるものでした。
しかし、近年では住宅の欧米化や寝室の個室化、夫婦の別室化、
家族でもそろって食事をしないなどの家族の分散化が目立つようになりました。
家族内のコミュニケーションも減退の傾向が顕著になっています。
睡眠の個人・個室化は孤独化を助長させ不安を生じ、不眠の原因ともなります。
人間は心理的な充実感があってこそ、良い眠りができるのです。
社会的な平和だけでなく、人とのかかわりと連帯、
悩み事の対処、夫婦仲など家庭内の平和も大切です。
セックスの役割も過小評価してはいけません。

現在の日本人は世界一、睡眠時聞が短いなど、その善しあしは別として、
情報化時代における睡眠の最先端をいっているともいえます。
睡眠障害の多発などの問題もありますが、この解決策として
単に工業化以前のような睡眠に戻すという対処法では困難な段階にきています。

今後の睡眠学や睡眠文化の領域は、
「情報化時代の睡眠」にいかにうまく適応するかが課題となるでしょう。

n.r17

 

出典:名嘉村 博 「良い眠り 良い人生 17」 『琉球新報』 2008年8月19日


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